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桑名から揖斐川の眺めです。 左奥に見えるのが伊勢大橋、 右に見えるのが長良川河口堰、 長良川と、揖斐川は中堤防で 別れています。 |
江戸時代中期、宝暦治水のころの 木曽三川輪中の様子。 徳川幕府が、薩摩藩に治水を 命じました。 1年3ヶ月で完成しましたが、 薩摩藩は多くの借財を抱えした。 |
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明治時代の改修です。オランダ技師 ヨハネス・デ・レーケによる改修計画 をもとに改修が着手されました。 26年かかりました。 |
昭和34年の伊勢湾台風でも 大きな被害が出ました。 浸水の状況です。 |
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桑名城三の丸跡に本多忠勝の像。 徳川氏の家臣で桑名城を築城した。 七里の渡の船着場を竣工させた。 |
桑名城の本丸跡と二の丸跡に 造られた九華公園。 |
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七里の渡しの碑 | 右から船は入ってきました。 鳥居は伊勢神宮の一の鳥居です。 東海道は鳥居から右へ続きます。 |
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七里の渡しのすぐ近くに、 桑名宿の本陣があります。 |
隣に脇本陣があります。 桑名宿には脇本陣は4軒ありました。 |
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七里の渡しの近くには蟠龍櫓 (水門統合管理所)があります。 |
蟠龍櫓は安藤広重の東海道 五十三次にも描かれています。 |
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七里の渡しからの東海道は あまり面影がありません。 |
通り井跡。 主要道路の地下に埋められた水道。 所々に升を開けて利用しました。 その跡に「井」と書いた石があります。 |